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⑨リスクのアウトソース 倫理と責任

サンデル
リスクのアウトソーシングの例を上げてみよう。
アメリカの南北戦争での徴兵制度に関する話だ。
当時の徴兵制度では、自分の代理人、つまり
傭兵を金で雇って身代わりで戦場に送りだすことが法律上認められていた。
まさに、究極のアウトソースだ。これはフェアだろうか?
それとも認められないことだろうか?」

東京 ケンジ
「フェアだと思います。
自由意思で本人がリターンを得たいがためにリスクを冒す。さまざまなオプションの中から選択したのだからフェアだと思います。」

東京 エリコ
お金で誰かを雇う側に人達には、相手にリスクをできる限り低くする責任がある と思います。
誰かが代理で戦争に送るのなら戦争が早く終わるように手を尽くすべきです。
その人が安全でいられるように努力すべきです。」

サンデル
「今のエリコの提案は、実はこえまでの議論に新たな視点を加えるとても面白い意見だ。
今の話を原発の立地問題についても当てはめながら考えてみよう。
君の意見では、リスクをアウトソースすることはよい。
ただしその条件として、
例えば金持ちが傭兵を雇ったり、原発をお金と引き換えに受け入れてもらった場合
お金のやり取りが終了した後にも責任は負わなくてはならないということだね。」

東京 エリコ
「今回の場合でも東京や近所の人々は、福島の原発に注意を払い続けるべきでした。
私達には、その責任があると思います。」

サンデル
「非常に力強い考察だった。
リスクのアウトソース。そこには、ビジネスの取引とは違った倫理が必要
だという指摘だった。
金銭の取引があった後にも道義的な責任があるということ。
それは、取引を始めた意思が自由意思によるものかどうかという議論を超えて存在する責任の話だ。
今夜、私達は、災害時の補償の在り方の議論から始めた。
その責任は自然災害と、人為的な災害の場合でどのような違いがあるか を考えた。
興味深いディスカッションが出来たと思う。
被害者への補償は誰が行うのか?誰が金を払うのか?
それは勿論、誰に責任があるのかという問題と表裏一体だった。
そして最後の質問は、あなたは原子力発電所のそばで暮すことができるか? 
という問いだった。
これについては、原発の利用に賛成した人でも、それは出来ない と正直に答えた。
するとここで新たな問いが生じた。
原発を利用しながらもそのリスクはお金でアウトソースすることは許されるのか という問いだ。
賛成する人はこれは取引でビジネスだから問題はない と言った。
一方で、相手にとってこれは自由な選択とは言えないと反対する人もいた。
あるいは、リスクが大きすぎてアウトソースすることが許されない
ことも世の中にはあるのかもしれない。

東京のエリコが新たな視点をこの議論に提供してくれた。
もしかすると、リスクのアウトソースが認めてもよいのかもしれない。
但し、お金を払っても責任は負い続ける。
お金を払ったからと言って責任は消えることではない。


今夜の議論は、ややもすると金や経済の話ばかりに聞こえたかもしれない。
決してそうではない。
これは詰まるところ人間の責任とは何かという倫理的な議論なのだ。
こうした難問に答えを出すためには、私達は率直に議論を交わし、
相手に対する責任、義務、公正さ、正義というものの意味を問い続けなければいけない。

今日の議論だけで問題を解決できた訳ではない。
それでも、私達全員で議論を重ねたこうした試みが、
日本でそして世界中の社会でたとえささやかでも何かに力になれればと願っている。
大きな災害や、苦しい困難に直面しても、人々に善意、良心に希望を持ち続け
人々が同じ社会の中で一緒に生きていくことの価値を感じ続けられるように
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⑧交付金でリスクを肩代わり 

サンデル
「福島の場合では、
電気を利用する人達が住む場所、東京ではなくそこから離れた場所福島に置かれた。
そして原発の立地の見返りとして交付金や補助金が払われていた

原発で作られた電気は利用したいが身近な場所に置きたくないコミュニティーが、
お金を払うことで他のコミュニティーに原発を受け入れてもらう。
リスクをお金で肩代わりしてもらうことは、公正だと言えるのだろうか?
別の言い方をすれば、豊かな地域が、お金を必要としている地域に原子力発電のアウトソース
外部に肩代わりしてもらうことは許されるのか?
お金と引き換えにリスクを肩代わりしてもらう、
原発を他の場所に受け入れてもらうことに倫理的な問題はあるのだろうか
?」

上海 ホアン
「貧しい地域に経済的な理由だけで原発を押し付けるというのは不公平だと思います。
原発をどこに置くべきか考えられる解決策はいくつかあると思います。
政府が人口の少ない適した地域を選んでそこに原発を建てるという方法です。」

サンデル
「では、ある地域が補助金や経済的な見返りを期待して、自ら原発の受け入れを望んだ場合はどうだろうか?」

東京 ミオ
「私は、不公平だと思います。貧しい町がそこに原発が建てられることに賛成だとしても、
それは本当に自分達の自由な意思に基づいているのかというと私は基づいていないと思います。
原発を受け入れざる負えないような状況に置かれているから受け入れるのであってそれは自由な意思に基づいていないので公平ではない。」

サンデル
「これが、二つの国の場合はどうだろうか?
豊かな国、貧しい国の場合だったらどうだろう?
お金のある国が廃棄物の処理に困っていたとしよう。
それは核廃棄物かもしれないし、他の廃棄物かもしれない。
そこにお金を貰えれば、その廃棄物を受け入れてもよいと名乗りでた貧しい国があったとする
その取引には何か問題があるのだろうか? 
それとも貿易とはそういうものなのだろうか?」

東京 ミオ
「そもそも二つの国での約束が始まる時点での経済的な状況は不平等なものだと思うので
自由なトレードにはなっていないと思います。
貧しい国が、自由な意思でそれを受け入れているとはいえないと思います。」

東京 コウセイ
「すべて効率性重視のために物事が進んでしまっていて、
道徳的によかったのかどうかの観点から見る必要があると思います。」

上海 ルー
「私が気になるのは、貧しい国が受け入れるかどうかだけではなく、誰がそれを決めるのかということです。
それは政府なのか、人民なのか企業なのか?そこにも問題があると思います。」

ボストン リチャード
「これが不平等だという議論もよくわかりますが、ビジネスだと思います。
二つの国がグローバルな貿易をする場合、いつだって何かしらの格差があると思います。
二つの国がまったく同じ境遇ということはないと思います。
いつだって有利、不利があると思います。
でも、貧しい国にも断る権利があるのです。
そのビジネスを選ばないという選択があるのです。」

ボストン ベン
「確かにビジネスだと思いますが、ひどいですね。
ビジネスだからといって正当化されるものではないと思います。」

東京 ユウタロウ
「すべての経済活動で似ていることが起こっていて、
すべてのもを見たときにその生産過程でどこかしらで有害なものが出ている可能性が高いと思います。
それを皆知っていて今の経済活動を行っていて、その延長線上にその活動があるということは、
しっかりリスクを理解して補償を払えば問題ないと考えます。」

東京 ケンジ
「もし、リスクの押し付けが自由意思のない状態で行われたなら不公平だと思いますが、
その見返りを確保しなけばならないと思います。
誰かが、爆弾を抱えなければならない状況で、
それに対するリターンは莫大で、そのリスクに見合うだけ大きさのリターンでなければならないと思います。」

⑦原発の近くには住みたくない原発賛成派

サンデル
「原子力エネルギーの将来につていどう考えるかという問題。
日本だけでなく世界中で議論が重ねられそれぞれが選択を迫られている。
世界では今原子力発電を巡って、どのような動きがあるのか」

原子力エネルギーをどう思うか?
Gallup国際世論調査
震災前  反対32% 賛成57%
震災後  反対43% 賛成49%

震災以降
ドイツでは脱電発を決めた。
現在国内にある17基の原発を2027年までにすべて廃止するという法案を可決しました。
イタリアでは、6月原発の是非を問う国民投票が行われ、その結果反対派が9割以上を占め、
エネルギー政策の見直しが決まりました。
一方原発を継続しる国もあります。
中国では、8月に国内では14基目となる新たな原発の稼働を開始しまいた。
現在、さらに27基の建設が進められている。
100基以上の世界最多の原発を保有しているアメリカは、
原発を推進していく方針を示している。

学生の意見

学生で原発の利用に反対 上海2人 ボストン0人 東京4人
今後も原発の利用に賛成 上海6人 ボストン8人 東京4人

ボストン シャリニ
「原発事故が引き起こす災害の大きさは私もみな分かっているつもりです。
原子力発電と原子力災害は必ずしもセットではないと思います。
日本には数多くの原発があるのに今回の津波で事故が起きたのは、一か所だけだったという事実があります。
やはり、有用性の高いエネルギーですし、人為的な理由ミスや怠慢によるものだったとうことも分かったと思います。」

上海 リン
「その昔、人間が初めて電力を使い始めた時のことを想像してみると、
それが危険なエネルギーだと不安に思った人もいたと思います。
でも現在中国ではエネルギー源の大部分を石炭に頼っています。
私達のような国にとって、原子力への転換は国のエネルギー問題を緩和する良い政策だと思います。
ですから、私達は原子力エネルギーが持つ可能性を簡単には手放す訳にはいかないのです。
でも、もし現実に原子力発電は私の家の近くにあったら、
それはとても危険だと思うしとても不安に感じてしまうと
思います。」


サンデル
「今リンがとても興味深い問題定義をした。
彼女は原発には賛成だが近くには住みたくないという。
この質問を原発の利用に賛成した全員に聞いてみたい。
原発に賛成した学生の中で自分の住んでいる近所、コミュニティーの中に原発を建ててもいいと考える学生は?」

自分の家の近所に原発を建ててもいい
ボストン5人 東京1人 上海

近くに建ててもいいと考える 東京 ユウコ
「もちろん今回の事故の教訓をいかしてより安全性を高めるというのが条件だと思います。
やはり今の豊かな電力を消費する生活を捨てられない以上は、
誰かが自分に家の近くに原発を建てざるえない。
私は電力の豊かさのい恩恵を受けている身としては、仕方がないことだと思う。」

⑥税金によって救済された金融機関

サンデル
「金融危機のときに議論された問題は、
税金で巨大な銀行を救うことは、確かに公平とは言えないかもしれない
莫大な利益を自分のものにしていたウォールストリートの重役たちを税金で救うのはおかしい。
しかし政府は、危機的な金融機関を放置し金融市場全体がメルトダウンするのを見過ごす訳にはいかなかった
そんなことをしたらもっと多くの被害者が生まれ、もっと多くの人が苦しむことになる。
そこで、学生達に聞きたい。
ウォール街の銀行や
金融機関の救済、納税者の負担による救済は公正なことだったのか?不公平だったのか?
そしてどのように今回の原発危機の問題と比較できるだろうか?
共通点はあるのだろうか?
いずれの場合も民間の巨大な営利企業だ。
ビジネスがうまくいっていたときには、巨額の利益を稼ぎ潤う、
しかし一旦危機を迎えると納税者のお金で救済される
。」

東京 ユウタロー
「東電であってもゴールドマンサックスであっても救済措置をとられるべきだと思います。
アンフェア関係なく。というのは、このことに対して国全体、世界の幸せの総数を考えたとき
その企業が支払いが出来なくなることで、皆の幸せが低下することであればサポートすべきであると思います。」

サンデル
「見過ごした場合の代償が大きく一般に人々が返って苦しむ状況が起きるのであれば
たとえ企業の無責任さが生み出した危機だとしても、それは救済されるべきと考えるということだね。

金融危機はまぎれもなく人間が引き起こした災害だった。
しかしあのとき税金に救済が行われたとき、アメリカの議会の証言で
印象的な発言があったのを覚えている。
あるウォール街のCEOが言った言葉。
彼は、私たちは金融の津波の呑みこまれてしまったのだと語った。
彼は津波という比喩を金融機関が引き起こした災害に使った。
これは、自然災害のようなもので自分たちに責任はない。
悪くはないんだというのが彼の主張だった。
金融危機のような放置してしまえば被害が拡大してしまう場合には、
公平さとうものは犠牲にしなくてはいけないのだろうか?
全体を救うためには仕方のないことなのだろうか?」

ボストンのシャーリーン
「これは、アンフェアだと思います。
理想的な社会だったら、問題を起こした人間は責任を取って被害者に弁償するでしょう。
でも残念ながら今の社会は、理想とは程遠いのです。
非常事態には公平さは犠牲にしないといけないのだと思います。」

東京 リョウイチ
「企業であっても責任の取り方とうのは、東京電力の場合と金融業とでは問題が違うと思います。
東京電力の場合は、企業として国民に安定した電力を供給して国民も利益を受けている。
金融業の場合は自分達の利益だけで、破たんしたら負担だけを国民に押し付けている。
これは非常に不公平なことであった、この二つの企業は区別されるものだと思います。」

ボストン ダック
「企業が利益を自分のものだけにしているという考えは同意できません。
企業はその利益に掛かる税金を払っているわけですし、
株主も当然、税金を払っています。
私は救済に賛成しましたが、
それは、金融機関を潰すには影響が大きすぎるからではなくて
金融機関の利益を実は社会も、享受していた。
だから負担も社会が共有すべきであると考えるからです。
企業や株主の高額の納税のおかげで社会は潤ったのですから
その企業が失敗したら今度は、その収めた税金からある程度のお金が還元してもよいのではないかという考え方です。」

サンデル
「では、企業の税金は災害保険みたいなものだと君が考えているんだね。」

ボストン ダック
「そうですね。リスクが高い企業はその分たくさんの税金を払うべきだったのかもしれませんが。」

上海 ウー
「政府による介入。経済学でいう“見える手”は市場のバランスに任せた“見えざる手”よりも
本来強力なはずです。最近アメリカではこの“見える手”つまり政府の規制と監視が不十分だったのだと思います。」

サンデル
「アメリカは、経済活動を規制する政府の“見える手”が足りないと」

上海 ウー
「だから金融危機が起きたのだと思います。」

ボストン ダック
「確かにもっと金融規制をするべきでしょう。
金融危機を二度としないようにするには何かが変わらなければいけません。」

ボストン ベン
「例えば、動物園の檻の中に、トラとウサギたちが居て
トラが全部ウサギを食べちゃったとします。
その悪いトラを憎むことは簡単ですが、
でもそこで飼育係は何をしていたんだと考える必要があります。
飼育係にはトラと同じくらい責任があるのです。
これと同じで政府には、事件が起きないように管理する責任があったのです。」

サンデル
「つまり、君の例え話を整理すると飼育係というのは、政府の監督官庁のことを指していて
彼らには、巨大で強いトラのような金融機関をコントロールする義務があったはずだということだね。
では、この例え話は東京電力の場合でも言えるのだろうか」

ボストン ベン
「はい、言えると思います」

東京 ケイ
「私も、東電、金融機関を救うことは不公平だと思いますが、必要なことだと思います。
どこまで政府が監督するべきかということですが、企業は基本的に自由であるべきだと思います。
ただ、何かを起こしたときに、その一企業だけじゃ責任を負いきれないことに関しては
もちろん国の管理がいると思いますし、今の時代だと、国を超えたインターナショナルなワールドな管理体制
必ず必要になってくると思います。
お金の問題がメインになっていますが、
企業が生み出しているのは、サービス、商品、雇用を生み出している現実があります。
本当に自由にやった企業を放置していいのかいう問題にはならないと思います。
ジレンマになのですが、不公正だが必要な処置だったと思います。」

⑤原発事故と世界金融危機 責任と倫理

サンデル
「ここまで議論してきたのは責任という問題だ。
原発災害の賠償について誰が金を払う責任があるのかと
賠償に関わる責任や理念についてではなく、
現実問題としてどうするべきかという意見もあった。
その議論の中で、東京電力はやはり倒産させられない。
影響が大きすぎるから救済しなければいけない。
という趣旨の意見があった。
それを聞いて私は、別の危機のことを思い出した。
責任や賠償について問題となった事例 世界金融危機
もちろんこれは、まったく違ったタイプの危機であったが、
責任と倫理の問題について興味深い共通点、相違点が見いだせるかもしれない。」

2008年9月
ニューヨーク証券取引所の株価が史上最悪の下げ幅を記録
その混乱は瞬く間に広がり100年に一度と言われる世界金融危機の引き金となった。
世界中で株価が急落。
金融危機は各国の実態経済にも襲いかかりました。
世界中で数千万人の雇用が奪われ住む家まで失った人も数多くいました。
巨大な金融バブルを作り出し挙句に崩壊へと導いたのはウォール街の投資銀行などの金融機関でした。
空虚でリスクの高い金融商品を世界中に売り付け巨万の富を築いていました。

ゴールドマンサックスCEO 年収70億円
モルダンスタンレーCEO  年収36億円
JPモルガン・チェースCEO 年収30億円
バンク オブ アメリカCEO 年収16億円

マネーゲームを暴走させ世界を奈落の底に突き落とした経営者達の責任が問われました。
「あなた方は投資家に多大な損害を与えただけではなく経済事態を壊してしまった。」

ところが政府が税金を投じて救済したのは、
金融危機の被害者ではなく、危機を作り出した側の金融機関の方でした。

ゴールドマンサックス 100億ドル
JPモルガン・チェース 250億ドル
シティーバンク    250億ドル
AGI(全最大の保険会社) 850億ドル


それぞれ税金を投じて救済した。

被害者に賠償するどころか税金によて救済された金融機関
こうした救済は公正なことなのでしょうか?

④福島原発事の責任、賠償はだれがするのか?

続いて、地震と津波の後に起きた原発事故による被害ついて考えてみたい。

今も正に日本では誰が、どのような形で、どの範囲までの被害までを補償すべきか議論が進められている。
その議論からわかることは、誰に責任があるのか?という問いに関しては実にいろいろな考えがある。
原発災害の責任はどこにあり、賠償はだれがするのか?
かつてない災害だけに議論が難航しています。

原発災害の倫理的な責任を考えるに当たりサンデル教授はいくつかの主体を上げています。
最も重い責任は?

事故を起こした原発を運営してきた東京電力なのか?

あるいは監督する立場にあった政府・行政機関なのか?

原発で作られた電気を使っていた東京電力の利用者にも何らかの責任がると言えるのか?

交付金や雇用の促進など経済的なメリットと引き換えに原発を受け入れた地域のことをどう考えるればいいのか?
更には
原発政策を推進する政府を支持してきた国民全体にも責任があると考えるべきなのでしょうか?

原発災害の責任は誰にあるのか?

誰が被害者への賠償金を負担すべきか?
という問題と密接に関わってくることがわかると思う。
賠償の財源をどうするべきか?

4つの考えられる選択肢あげる。
この中から最もフェアだと思うものを選んで頂きたい。

1 税金 今の日本国民全体で賠償の責任を果たす。
2 国債・借金 将来世代の人たちにも賠償金を支払ってもらう。
3 東京電力と、東京電力の株主
4 東京電力の顧客 電気の利用者に電気料金への上乗せという形


これは、何が公正かという質問です。

1 税金で支払うべき。 上海2人 ボストン1人 東京4人 計7人
2 国債・借金       上海1人 ボストン1人 東京0人 計2人
3 東京電力と株主   上海4人 ボストン4人 東京3人 計11人
4 電気料金の値上げ 上海0人 ボストン2人 東京0人 計2人

上海のルー
「私は、東京電力と株主が払うべきだと思います。
彼らのせいで事故が起きたのです。メルトダウンのリスクを理解していなかった。
だから賠償もすべきです。」

東京のケイ
「私は、天災と人災は分けるべきだと思っています。
今回は、原子力発電を運営した東電の人災の部分が大きいので、東電が償うべきです。」

ボストンのシャリニ
「今回の問題については、東京電力が責任をとるべきだと思います。
他の選択肢の税金・国債・電気料金に転嫁してみんなで負担するという考えは
原子力発電の事故は、自然災害のように仕方のないものだと認めることに近いと思います。
でも私はそうわ思いません。今回の事故は東京電力のミスや怠慢、人為的な問題によって引き起こされたものです。
本来、原子力は誰もが利用できる安全なエネルギー源です。」

上海のリン
「私は、今回は東京電力も被害者ではないでしょうか?
社員も多くいると思いますし、従業員の中には事故直後に原発の中に入って
命の危険も顧みずに放射能汚染を食い止めようと普及作業にあたった人達もいました。」

ボストンのダック
「政府の監督が不十分だったとか、東京電力自身に事故を未然に防ぐ努力が足りなかったとか
いろいろあると思いますが。これはもう日本全体の問題になってしまったと思います。
だから私は税金による支払いを選び、東京電力だけが責任を負う方法には賛成しませんでした。
現実問題として東京電力だけでは、払いきれないと思います。
そして、東京電力を倒産させても被害者は救われないということです。」

サンデル
「じゃ君は、現実問題として日本政府は東京電力を倒産させるわけにはいかない。
誰かが電力を供給し続ける必要があるだろうし、
やはり現実的な問題として
東京電力にすべてを押しつけても問題は解決しないので皆で負担するしかない。
そういうことだね。」

東京のリョウイイチ
「僕も東京電力にすべての責任を押し付ける訳にはいかないと思います。
東京電力も一つの企業なので、営利というものを追求しなければいけない。
一方、国民がもし原子力より自然エネルギーの方がいいんだと言ったならば
東京電力も自然エネルギーを供給するはず
であり、
これを国民が選択出来た以上、国民全体に責任があるのではないか。
そして今の現代世代が、一番原発のリスクを知っている以上
税金という手段に頼るべきだと思います。」

国債を選んだ人
上海 ワン
「東京電力がすべての賠償を払うことは出来ない。
現実的に考えると、人々全体で払うことを考えなくてはなりません。
今、現段階では、誰にどんな責任があったのか
はっきりとした結論を出すことは難しいと思うので
これは、将来に渡ってみんなでこの問題を考え続けるべきです。
そのためにも、将来の世代と共に負担を払い続けるということも。
この場合はアンフェアではないと思います。」

東京 ユウコ
「今のワンさんの意見では将来の世代に付けを回していいという理由にはなっていないと思います。
今回の震災の付けというのは、今その恩恵を被っている私たちで払うべきであって
将来の世代のそれを回すこといよって、将来の世代の夢や希望を奪ってはいけないと思っています
。」

東京 エリコ
「娘や周りの子供だちを見るだびに、今回の被害の一番の犠牲者は子供たちだと感じます。
その一番の被害者である世代が賠償の責任を負わされることに私は反対です。

子供たちは原発についてまだ何の知識もなく、何かを選択したりあるいは反対する機会もなかったわけですから」

ボストンのローラ
「私たちはこうした事業に付きまとうリスクを価格に一部として受け入れる必要があると思います。
経済学では外部不経済の内部化といいますが、価格決定にそうした要素を織り込むことで
例えば、日々の生活の中で、電気を節約しようとか、リスクと料金の兼ね合いについて
みんなが考えるようになると思います。私達利用者が、電気料金が何によってきまっているのかを知り
毎日電気を利用する度にどんなリスクが天秤に掛けられているのかを意識した方がよいと思うのです。
利用者に負担を負わせたとしてもそれで企業の責任が軽くなった訳でありません。
それぞれ別の責任があるのだと思います。」

③失われた家の場合の補償はどうか?

サンデル
人によって支払う金額を変えるということは、命の価値を差別することだから許されないというのがみよの意見。
では、失われたのが命ではなく家だったらどうだろう?
家を失った人が二人いて 一人は高級住宅、 一人は慎ましい家を失ったとしよう。
この二人は同じ額の補償金を受けるべきなのだろうか?

上海 ホアン
失われた家の価値に応じて補償金を支払うべきだと思います。
災害で家を失ったのは同じでも、二つの家にはまったく違う価値があったのですから」

補償額は失った価値で決めるべき 賛成 上海1人 ボストン2人 東京1人
                反対 上海7人 ボストン5人 東京7人
東京 えりこ
「それぞれの被害者に対する政府の責任というものは等しいと思います。
ですから補償額についても平等であるべきだと思います。」

ボストン リチャード
「財産に対する補償は、その価値に対する補償であるべきだと思います。
もし失ったのが高級な家だとしたならそれだけの金額を補償すべきです。
なぜならどちらの家庭も税金を払っているでしょうが、
所得の多い世帯の方がそれまでたくさんに税金を国に払っているのです。
それだけ多くの貢献をしている訳ですからそれに対する見返りとして補償も多くすべきだと思います。」

サンデル
失われた家族に対する補償は平等であるべきだ
失われた家の場合はどうか?皆が同じ額を受け取るべきか?

②被害者はどのように補償されるべきなのか?

その責任は誰が負い、奪われた生活や財産はどのように補償されるべきなのでしょうか?
ここにいる誰もが国や政府には被災者に対して何らかの補償をすべき責任があると考えていると思う。

しかしそれは多くの場合とてもお金の掛かることだ。
被害者はどのように補償されるべきなのか?
誰が金を払うのか?
四川の大地震の時に中国政府は豊かな地域に復興の責任を負わせた。
このやり方をどう思うか?

上海学生 ルー
「私は、金を持っている人が補償するのは当然だと思います。彼らにはその道徳的な責任があると思う。
中国では昔から金持ちの親戚が、貧しい親戚を助けるのが当たりまえでした。
そして中国の伝統的な価値観からいうと国というのは大きな家族のようなものです。もし、家族の誰かが地震で被害にあったら裕福な親戚がその人にお金をあげて助けるものです。
ですから、上海や広州が四川の復興にお金出すのはとても納得のいくものです」

サンデル
なぜ金持ちが払うべきなのだろう?

上海学生 ウー
「なぜならお金持ちは貧しい人を踏み台にしてお金持ちになったからです。
同じ国の人間なのですから助け合うべきだと思います。」

サンデル
私たちは自分と同じ国の人に対しては、特別な責任があるという上海の意見だった。
どう思う

ボストンのベン
「国というコミュニティーの一員であるということは、その地域社会の一員としての絆だけでなく
社会的な契約が結ばれた関係になると思います。
その国が沈没しないように契約で結ばれたみんなが一体となって協力すべきです。
ですから災害で国家が非常事態にあるときには、
恵まれている人たちから国が金を取って広く再分配することは正しいと思います。
ただしこれは本当に必要な場合に限られます。」

東京のケンジ
「政府と国民というものはある種の契約を結んでいると言っていましたがその通りだと思います。
その契約があるからこそ日本政府が日本の国民の対してこのような天災があったときは補償しなければならないと思います。
プライオリティー(優先順位)としては被害の大きいひとから順につけていかなくてはいけないかなと思います。」

サンデル
ベンは社会契約について語り、ルーは拡大家族として国を説明してくれた。
これは、興味深い比較だ。

では学生達に聞いてみたい。
家族を失ったとき、補償の金額は?平等、同じであるべきだろうか?
9.11同時多発テロの後 アメリカ政府はテロで亡くなった人の家族を支援するための補償金を支払った。
この時の補償の仕方は、
生前に高い所得のあった人は、低い所得の人と比べてより多くの補償金が支給された。
つまり、亡くなった株のトレーダーの家族は、ビルの中のレストランで皿洗いをしていた家族よりも
高額の補償金を受け取った。
これはフェアではないと怒った人もいた。
でも、失われた収入を補うには当然だと賛成した人もいた。
みんなはどう思うだろうか?

東京 ゆうたろう
「株のトレーダーであっても皿であっても同じ額を払うべきだと思います。
人の命というものは元々お金では量れませんが、お金を払ったことでその命は戻りませんが、
復興への次のステップとしてお金を払うべきものだと思います。
それはどなたであっても同じ金額を与えて、次のステップの準備資金とするべきだと思います。」

ボストン クレア
「家族を失った苦しみをお金で埋め合わせすることはできないと思います。
保証金は、亡くなった人に対する補てんではなくて、残された人が前に進むための応援だと考えるべきです。」

上海 ホアン
「亡くなった人の家族を支援するために補償金の額に差をつけるのはとても大切なことだと思います。
例えば、家族を支える大黒柱を失った場合は、仕事をしていないお年寄りを失った場合よりも
多くの保証金があるべきです
。」

東京 みよ
「人によって補償金の額を変えるというのは、人に価値をつけることになるので道義的にゆるされない。
人に価値をつけることによって 補償金の額を変えるというのは経済的な地位などによって不平等に扱うことになるので
皆 同じ額の補償金にすべきだと思います。」

①マイケルサンデル 究極の選択 震災からの復興

ハーバート大学
マイケルサンデル教授
学生たちとの対話形式行われる政治哲学の抗議「Justice 正義」
ハーバード大学史上 最多の履修者を記録

究極の選択
テーマ 「震災からの復興」
国家や企業の在り方、人間の生き方を問いかける深い問題が横たわっています。

原発事故  その責任はどこにあるのか?  被害者への補償は誰が行うのか?
お金を払って他の誰かにリスクを肩代わりしてもらうことは、許されるのか?

アメリカ ハーバード大学(ボストン)の学生8人
中国 上海復旦大学の学生 8人
日本 東京大学、早稲田大学の学生 8人
将来を担う若者達がサンデル教授の繰り出す難問に挑む。

日本の震災、津波から半年が経ち 今復興に向けての歩みが懸命に行われています。
その復興が問いかける原理的な問題について考えたい

被災者の補償がどうあるべきか? 誰にその責任があるのか?
今後、原子力エネルギーをどう考えるのか?

自然災害からの復興について

地震と津波は、日本に破壊的な被害をもたらした。
日本だけではなく、これまで多くの国々が悲惨な自然災害を経験してきた。
そうした自然災害に対してこれまで各国ではどのような支援や復興策をとってきたのか

突如、猛威を振るい深刻な被害をもらたす自然災害
誰のせいでもない自然災害によって奪われた家や財産
家族への補償はどうあるべきか?

2005年8月
アメリカ南部 巨大なハリケーン カトリーナが襲いました。
死者行方不明者2000人 被害額1350億ドル
アメリカ政府は被災した住宅の再建資金を支給しましたが、
その額は、元の家の価格によって決められた。

最大で15万ドルの支給を受けた人もいましたが、低所得の人ほど受け取り金額は少ないという補償でした。
所得の格差が、そのまま復興のプロセスにも持ち込まれたのです。


2008年5月
中国の四川省 マグニチュード7.8の大地震が発生
被害推定額は およそ7兆円
死者行方不明者 8万7000人 被災者総数4600万人
この時 中国では独自の復興政策が実施された。
地震の被害に遭わなかった上海市や広東省など豊かな地域に被災地の復興支援を義務付けた。
経済的に発展した18に自治体にそれぞれが支援すべき被災地域を割り当て
物資や労働力の提供を命じた。
自治体の面子を懸けて復興を競わせ大きな成果が生まれたと言われている。

日本に未曾有の被害をもたらした東日本大震災
震災の直後から緊急の避難所が各地に設置され政府や自治体、民間によって食糧や衣料が無料で提供された。壊れた家の応急修理や、仮説住宅の建設が国の費用で進められた。
しかし今のところ失われた個人の家を再建するための政府支援は、貸付にとどまっている。
今回の震災による被害は17兆円と言われている。

笑顔の介護施設

笑顔の介護施設

富山県
夢のみずうみ村
アルペンデイサービス

介護施設はバリアフリーが当たり前になっているが、
ここでは、バリア「アリー」を実践。
タンスや、戸棚、テーブルなどあちこちに配置してある。

家庭環境、社会環境ではいろいろなバリアを克服しないと生活ができないとの考え。
狭ければ気をつける。手すりがなければあるものに捕まる。
あえて困難な環境をつくることで、利用者の可能性を引き出している。


通常の介護施設では、
スケジュールは、介護師が決める。
ここでは、自分で決める

何がしたいか。どうしたいか。
100種類以上のメニューがある。
それぞれ違った時間を過ごす。
皆いきいき

この施設は1995年 開所
当時は、何でも手を貸すことが当たり前でした。
でも利用者のお年寄りは、元気がない。笑顔がない。

笑顔を取り戻すには?


桜の季節、皆で桜を見に行く。
桜を見に行きたいから歩くんだ!」

何かを「したい」という気持ちがなかったから元気がないんだと気づく。
したい」という気持ちが起きるように
アイデアをちりばめる。

そこで、施設を楽しめる村にした。
それぞれの通りにも「立山通り」「アルペン通り」など名前を付けた。

食事も自分の食器は自分で用意。
バイキングスタイルにする。
自分で考えながら、自分の手を動かす。これもいいリハビリにもなる。

以前は、利用者が自分では何もせずご飯持ってコイ!
あーしろ、こーしろ、要求。

でも、何のためにやるのか

「やってもらう」 から「やりたい」
に発想の転換。

お年寄りの体にも変化が現れた。
利用者の約80%に改善の見込みありとなった

体の不自由なあらゆる方が、以前より動けるようになっている。
介護レベルが向上。

 ここでは、ユーメというお金を作っている。
稼ぎ方。 食事の後片づけができたら 20ユーメ
内職で、名札を作る。のれんを作る など

使い道、 ギャンブル 花札、ルーレット、スロットなど
     ゴルフ30ユーメ、
     足湯20ユーメ、
     体操20ユーメ、
     中国語教室50ユーメ、
     パソコン20ユーメ など
みんな元気に、生き生き 笑顔 楽しくて仕方ないようです。
みんな元気になって、デイサービスを卒業してもらいたいですね。、
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東北元気

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